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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和63年(う)27号 判決 1988年7月05日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人五島良雄提出の各控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官阿部貫一郎提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意一について

所論は、要するに、原判決は、(一)本件窃取の対象物について、「罪となるべき事実」の本文中で「他人の財物」とのみ判示し、原判決書添付の別紙犯罪一覧表においても犯罪日時、犯罪場所、被害者のほかは被害金額(約円)を記載するのみであり、右のような記載では本件窃盗の対象物を特定していないといわざるをえず、(二)別紙犯罪一覧表番号5の事実の犯罪日時を「昭和六二年九月三〇日か一〇月一日の午後一時ころ」と判示しているが、このような択一認定は許されないから、原判決には右(一)(二)のような理由不備または明らかに判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があり、破棄を免れない、というものである。

そこでまず、(一)について検討すると、原判決が「罪となるべき事実」の項の本文中において「別紙犯罪一覧表記載のとおり他人の財物を窃取したものである。」と判示し、別紙犯罪一覧表中被害金額欄においては各番号の事実における被害金額を記載していることは所論が指摘するとおりであるが、右の「罪となるべき事実」の本文中の記載と同表の記載ことに同表の項目標題記載部分の被害金額欄に「被害金額」のほか「(約円)」と記載し、同表の各番号の事実の被害金額欄でそれぞれその額を記載していることを合わせみると、本件窃盗の対象物は現金であることが看取されるのであって、原判示の事実記載において本件窃盗の対象物を特定していないということはできない。

つぎに、(二)について検討すると、原判決が同表番号5の事実の犯罪日時の記載が所論指摘のとおりであることは明らかであるが、犯行の日時についてはそれが構成要件要素となっている場合以外は「罪となるべき事実」に該当するものではないから、当該犯罪行為を他の犯罪行為と区別して特定しうる程度に判示すれば足りると解されるところ、本件は常習累犯窃盗の事案であって犯罪日時が構成要件要素となっているものではなく、同表番号5の犯行日時の記載と同表記載の他の犯行日時の記載と対比検討すると、それが他の犯罪行為と区別して特定するに足りる程度に判示されていることは明らかであって、原判決が同表番号5の事実の犯罪日時について所論指摘のような択一的記載をしていることをもって日時の特定を欠くなどとはいえない。

以上要するに、原判決には所論のような理由不備または明らかに判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意二について

所論は、要するに、原判決は、(一)証拠の標目において、被告人及びAらの司法警察職員に対する各供述調書、司法警察職員作成の各実況見分調書を挙げているが、司法警察職員に対する供述調書というのは司法警察員と司法巡査が共同で取調べにあたりその供述者の供述を録取した書面をいうのであり、本件記録上被告人及びAらの供述調書には右のような司法警察職員に対する供述調書は存在せず、また、司法警察員と司法巡査が共同で作成した実況見分調書も本件記録上存在しないから、原判決は存在しない証拠によって事実を認定したものといわざるをえず、(二)原判示の累犯前科を認定した証拠として「被告人の司法警察職員に対する昭和六二年一一月一九日付供述調書(『わたしの生まれたところは』で始まるもの)」を挙げているが、本件記録上被告人の司法警察職員に対する供述調書が存在しないことは前記のとおりであるのみならず、被告人の昭和六二年一一月一九日付供述調書には「私の生まれたとこは」で始まるものも存在しないから、結局原判決は存在しない証拠によって原判示の累犯前科を認定したものといわざるをえず、原判決には右(一)、(二)のように判決に明らかに影響を及ぼすべき訴訟手続きの法令違反の違法があり、破棄を免れない、というものである。

まず、(一)について検討するに、司法警察職員とは司法警察員及び司法巡査の上位概念であって、右両者を包括(刑事訴訟法三九条三項参照)するものであり、司法警察員も司法巡査も共に司法警察職員であるから、司法警察職員に対する供述調書とは所論が指摘するような場合に作成された書面に限定されるものではなく、司法警察員に対する供述調書も司法巡査に対する供述調書もこれに含まれることは明らかである。そしてこれを本件についてみるに、原審で取調べられ記録に編綴されている証拠中、被告人の捜査官に対する供述調書は、被告人の検察官に対する供述調書二通のほか、被告人の司法警察員に対する供述調書一四通があり、Aらの捜査官に対する供述調書はいずれも司法警察員に対する供述調書であり、また、実況見分調書一四通はいずれも司法警察員又は司法巡査の各作成のものであるところ、原判決は右被告人及びAらの司法警察員に対する供述調書を挙示するにあたり、それぞれ被告人及びAらの「司法警察職員に対する供述調書」と記載し、また、司法警察員及び司法巡査作成の各実況見分調書についてはこれを挙示するにあたり、「司法警察職員作成の各実況見分調書一四通」と記載したものであって、所論指摘の各証拠はいずれも記録上存在することは明らかであり、原判決が存在しない虚無の証拠によって原判示の事実を認定したという所論は採用できない。

つぎに、(二)について検討すると、原判決が原判示の累犯前科を認定した証拠の一つとして「被告人の司法警察職員に対する昭和六二年一一月一九日付供述調書(『私の生まれたところは』で始まるもの)」を挙示しているところ、司法警察職員に対する供述調書には司法警察員に対する供述調書も含まれるものであり、司法警察員に対する供述調書を司法警察職員に対する供述調書と記載していることをもってそれが虚無の証拠を挙示したものといえないことは前述のとおりであるから、この点をとらえて右証拠が存在しないものであるとの所論は採用できない。また、原審で取調べられた被告人の司法警察員に対する供述調書中、「昭和六二年一一月一九日付」の供述調書は二通あるものの、いずれも「私の生まれたところは」で始まるものでないことは所論指摘のとおりであるが、記録を検討すると、原審で取調べられた被告人の司法警察員に対する供述調書一四通中、「私の生まれたところは」で始まるものは被告人の司法警察員に対する昭和六二年一一月九日付供述調書(六枚綴り)のみであり、原判決が所論指摘の証拠を挙示するにあたり「私の生まれたところ」と明示していることも合わせ考慮すると、原判決が被告人の司法警察員に対する昭和六二年一一月九日付供述調書(六枚綴り)を挙示するにあたりその作成日付について「昭和六二年一一月九日付」と記載すべきところを「昭和六二年一一月一九日付」と誤記したものと認められるのであって、これが存在しない虚無の証拠であるとはいえず、原判決が存在しない虚無の証拠によって原判示の累犯前科の事実を認定したという所論は採用できない。

以上要するに、原判決には所論のような判決に明らかに影響を及ぼすべき訴訟手続きの法令違反の違法はなく、論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意三について

各所論は、いずれも原判決の量刑が不当に重い、というのであるが、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも合わせて諸般の情状を検討すると、被告人は昭和六二年六月一一日仮出獄となり帰郷してから、両親の元で農業の手伝いをしていたが、まもなくパチンコなどの遊興に耽るようになり、遊興費等にあてる小遣銭欲しさから、昭和六二年八月中旬ころから昭和六二年一一月八日までの間に、原判示のとおり、常習として原判示の普通乗用自動車内や住宅など一四箇所で現金合計二六万八〇〇〇円を窃取したものであるところ、本件犯行に至る経緯、犯行の動機、態様、罪質などに酌むべき事由が乏しく、被告人には原判示の累犯前科を含む多数の前科があり、右前科に本件犯行の手口態様など合わせ考慮すると被告人の盗癖は相当根深いものがあるものと認められ、これらの事情に照らすと、犯情はよくなく、被告人の本件刑事責任は軽視することができない。

したがって、被告人が本件の非を反省していること、被告人の父親において被害者ら全員に対して被害弁償をしていること、被告人の年齢、境遇、家族の実状、その他所論指摘の被告人に有利な又は同情すべき諸事情を十分考慮しても、酌量減軽のうえ被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入について刑法二一条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藝保壽 裁判官 仲宗根一郎 内藤正之)

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